この記事は、PD-S(システム)試験(仮称)科目B 第1章の最終節、小項目1-5「IoTを含む組込みシステム,制御システムにおける,ソフトウェアとハードウェアの間のトレードオフ,セーフティ・高信頼性,環境・法令などを考慮したシステムアーキテクチャ設計」の教科書です。1-1〜1-4が「業務システム」を主な題材にしていたのに対し、本節の主役は機械の中で動くコンピュータ。家電・自動車・工場設備・IoT機器の世界です。ここではソフトの都合だけでは設計が完結せず、ハードウェアとの分担、人命に関わる安全、使用環境、法令までがアーキテクチャの決定要因になります。技能の例3つを全展開し、前提知識ゼロから解説します。
この節の全体像 — 設計・選定・法令の3技能
前提知識:組込みシステム・制御システム・IoTとは何か
組込み・制御システムの基本構成は、次の3要素の流れで理解します。
図1:組込み・制御システムの基本構成 — 測って、判断して、動かす
- センサー:物理的な状態(温度・速度・位置・圧力・明るさ…)を電気信号として測る部品。
- コンピュータ(プロセッサ+ソフトウェア):センサーの値をもとに判断し、制御の指示を出す。
- アクチュエーター:指示を受けて物理的に動かす部品。モーター、バルブ、ヒーター、ブレーキなど。
「エアコンは温度センサーで室温を測り、ソフトウェアが判断して、コンプレッサー(アクチュエーター)の出力を変える」——この測る→判断する→動かすのループが、あらゆる組込み・制御システムの骨格です。
技能1:ハードウェア・ソフトウェア分割設計とトレードオフ
システムの要件及び課題を分析し,機能要件及び非機能要件を策定した上で,アーキテクチャ構築のためにサブシステム分割設計及びトレードオフを考慮したハードウェア・ソフトウェア分割設計を行うスキル
順序に注目してください。まず要件(機能・非機能)を策定し、その上で分割設計——1-2・1-3で学んだ要件定義が、組込みの世界でも設計の前提になります。そのうえで組込み特有の設計判断が2つあります。
サブシステム分割
大きなシステムを、役割ごとの部分システム(サブシステム)に分けることです。自動車なら「エンジン制御」「ブレーキ制御」「車内表示」のように分割し、それぞれを独立して開発・検証できるようにします。安全上重要な部分(ブレーキ)とそうでない部分(オーディオ)を分離しておくことは、後述のセーフティ設計の土台にもなります。
ハードウェア・ソフトウェア分割(HW/SW分割)
組込みでは、ある機能を専用ハードウェア(電子回路)で実現するか、ソフトウェアで実現するかを選べます。これがこの小項目の名前にも入っている「ソフトウェアとハードウェアの間のトレードオフ」です。
| 観点 | ハードウェアで実現 | ソフトウェアで実現 |
|---|---|---|
| 処理速度 | 速い(専用回路が直接処理) | 相対的に遅い(プロセッサで逐次処理) |
| 消費電力 | 専用化により抑えやすい | プロセッサの稼働に依存し大きくなりがち |
| 変更のしやすさ | 出荷後の変更は困難(回路は作り直し) | 更新で変更できる(不具合修正・機能追加) |
| 開発費と量産単価 | 回路開発の初期費が大きいが、大量生産では1台あたりが安くなることがある | 初期費は抑えやすいが、高性能プロセッサが必要になれば部品代が上がる |
技能2:セーフティ・高信頼性・使用環境を考慮した評価・選定
システムのアーキテクチャを構成するために,セーフティ,高信頼性及び使用環境を考慮したデバイス,モジュール,OS,ミドルウェアなどの情報を収集し,評価・選定を行うスキル
セーフティ:壊れても危険を生まない設計
組込み・制御システムは人命・設備に直結するものが多く、「故障しないこと」だけでなく「故障しても安全であること」が求められます。これを支える設計の考え方が次の4つです(試験の定番用語です)。
図2:安全・信頼性設計の4つの考え方(定番の使い分け)
高信頼性と使用環境
デバイス・部品の選定では、故障のしにくさ(品質等級・実績)に加えて、使用環境への適合が業務システムにはない重要観点になります。屋外なら温度・湿度・防水、車載なら振動・衝撃、工場なら粉塵・ノイズ——環境条件に耐えられない部品は、スペック表上どれほど高性能でも選べません。OS・ミドルウェアの選定では、決められた時間内の応答を保証するリアルタイムOS(RTOS)が候補になります(リアルタイム処理の設計は第3章 3-1で本格的に扱います)。
技能3:法令・規程・知的財産権を調査し、要件として設定する
システムに関連する法令,規程,知的財産権などを調査し,システムの要件として設定するスキル
組込み機器は物理的な製品として市場に出るため、ソフトウェア単体では意識が薄くなりがちな規制・権利の調査が、設計の必須工程になります。代表的な観点は次のとおりです。
- 法令・規格への適合:無線通信を行う機器には電波に関する法規制、電気製品には安全に関する法規制・規格への適合が求められる。売る国・地域ごとに制度が異なるため、販売先の各国規制まで調査対象になる。
- 業界の規程・標準:自動車・医療・鉄道など安全性が重視される業界には、機能安全などの業界標準・ガイドラインがあり、開発プロセス自体に要求が及ぶことがある。
- 知的財産権:他社特許を侵害しない設計か(実装方式の変更で回避できるか)。また、組込みソフトで広く使われるOSS(オープンソースソフトウェア)のライセンス条件(ソースコードの開示義務の有無など)を守れるか。
重要なのはシラバス案の言い回しです——調査して終わりではなく「システムの要件として設定する」。つまり「◯◯の認証を取得すること」「ライセンス上、この部分に当該OSSを使用しないこと」のように、要件定義書に載る形に落とし込むところまでが技能3です。法令・知財の見落としは、完成後に製品を出荷できないという最悪の手戻りを生みます。
混同しやすい概念の整理
| 紛らわしいペア | 違いの核心 |
|---|---|
| 組込みシステム ⇔ 汎用システム | 組込み=機器専用・資源制約下で決まった仕事を確実に。汎用(PC・サーバ)=いろいろな用途に使える。設計の自由度と制約が根本的に違う |
| センサー ⇔ アクチュエーター | センサー=測る(入力)。アクチュエーター=動かす(出力)。「測る→判断する→動かす」の両端 |
| フェールセーフ ⇔ フールプルーフ | フェールセーフ=故障時に安全側へ。フールプルーフ=誤操作をそもそもさせない。守る相手が「故障」か「人のミス」か |
| フェールソフト ⇔ フォールトトレランス | フェールソフト=機能を縮小して継続。フォールトトレランス=冗長化で全機能を継続。継続のレベルが違う |
| セーフティ ⇔ セキュリティ | セーフティ=事故から守る。セキュリティ=攻撃から守る。IoTでは両方が要件になる |
確認クイズ(4問)
この節の理解度チェックです(当サイト独自の予想問題。公式の出題ではありません)。
組込みシステムで、ある機能をソフトウェアではなく専用ハードウェアで実現する判断の根拠として、最も適切なものはどれか。
「制御装置が故障を検知したら、加熱を停止して装置を安全な状態に移行させる」という設計の考え方はどれか。
IoT機器の設計における「セーフティ」と「セキュリティ」の説明として、最も適切なものはどれか。
組込みシステムの開発における法令・知的財産権の扱いとして、最も適切なものはどれか。
まとめ:小項目1-5で身につけること
- 組込み・制御システムの骨格=測る(センサー)→判断する(ソフトウェア)→動かす(アクチュエーター)。IoTはこれがネットにつながった形。
- HW/SW分割のトレードオフ:ハード=速い・省電力・変更困難/ソフト=柔軟・更新可能。要件(性能・電力・変更頻度・コスト・数量)から機能ごとに置き場所を決める(技能1)。
- 安全設計の4用語:フェールセーフ(安全側へ)・フェールソフト(縮小継続)・フォールトトレランス(冗長化で全機能継続)・フールプルーフ(誤操作をさせない)。部品・OS選定は使用環境への適合が必須観点(技能2)。
- セーフティ(事故から守る)とセキュリティ(攻撃から守る)は別物で、IoTでは両方が要件。
- 法令・規格・知財(OSSライセンス含む)は設計段階で調査し「要件として設定」。見落としは出荷不能の手戻りに直結(技能3)。
これで第1章「システムアーキテクチャに関すること」の5節がすべてそろいました。1-1 業務要件 → 1-2 機能要件 → 1-3 非機能要件 → 1-4 クラウド → 1-5 組込みという流れを章ハブで俯瞰し直すと、章全体が「要件からアーキテクチャを決める」1本の物語になっていることが分かるはずです。
関連記事・次に読む
出典(一次情報)
- IPA「プロフェッショナルデジタルスキル(システム)試験(仮称)科目B シラバス(案 Ver0.2)」大項目1・小項目1-5(2026年7月31日更新)[link]。本文中の「技能の例」引用は同シラバス案からの原文引用です。
- IPA「情報処理技術者試験・情報処理安全確保支援士試験 出題範囲等の改定案 Ver.1.0」(2026年3月)
※試験名は仮称、内容は検討段階の案です。試験の形式・時間・配点・合格基準は未公表のため本記事では扱いません。旧区分(エンベデッドシステムスペシャリスト)との対応は当サイトの推測を含みます。技術解説(組込みシステムの構成、HW/SW分割、安全設計の用語など)は一般に確立した知識に基づく当サイトの解説で、シラバスの記載そのものではありません。確認クイズは当サイト独自の予想問題です。正式シラバス公開時に内容を更新します。

